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はてなブログを毎日書いていたら10Kg痩せました!

pero_peroのこじんてきなにっきです。毎日書きたいです。

はてブが欲しい

はてブがほしい。
心の底からはてブが欲しいんです。
最近ではPVや承認欲求のためにはてブを欲しがる輩がいるとか言いますが私は違います。
もうそれこそ何十年も前からはてブだけを欲して生きてきました。

 

私が初めて発した言葉は「はてブ」だったと母は言います。
立つのさえままならない私はその日、父親の書斎の机につかまり立ちをしながら、
そこに置かれていたMacintoshの画面をまっすぐに指差しながら「はぁてぶぅ」と言ったそうです。
それから2週間後、こんどは当時飼っていた柴犬のムクを指さしながら「ほってんとりぃ」。
お分かりでしょうか。私はこんな小さな頃から、まだはてなさえ出来ていない昔からはてブを追い求めてきたのです。

 

そんな私ですから、はてブは何もしなくても貰えるものと思っていました。
日常の些細な行動、例えばラーメンの汁を最後の一滴まできちんと飲み干すだとか、臭くなってきた靴下はきちんと洗濯してから履く、といったこと全てに自然とはてブが貰えるものと思っていました。(正直言うと最近まではてブというものが何なのかよく分からなかったのです)
ところが聞くところによると、はてブは良いサイトを作ると与えられるインターネット上の仮想通貨のようなものだとか。
つまり、インターネット上にサイトを持っていない私は、今まで沢山はてブを得ていたかもしれないのに、自らそれをポロポロとこぼしていたというわけです。

この事実を知った時は正直ショックでもうはてブのことなど忘れてしまおうか、いっそ海外に就職でもしてしまい、はてブとは全く関係のない生活を送ろうかとまで考えました。
しかし、「はてブの申し子として産まれてきた自分がなぜこんな目に?」と自問した時に、「はたして自分が何の苦労もせずにはてブを沢山貰えるようだったらどうだろう?自分ははてブのありがたさを感じることが出来ただろうか。いや、おそらく多量のはてブにまみれ、そのはてブがどこから来てどこへ行くのかさえ考えもせずに自堕落な人生を送っていただろう。これははてブの申し子だからこそ与えられた試練なのだ。聖書を読めばキリストはもちろん、モーゼもヨブもアブラハムも、必ず神からの試練でその信心を試されていた。私も今後本当にはてブに人生を捧げるつもりかどうか試されているのだ。ここは全てをはてブに投げ出し、はてブに感謝し、この先の人生、はてブを得ることのみに邁進しよう!!!!!!」

と心を入れ替えたのです。

 

そして私はブログを作りました。
はてブを集めることが私の生きがいであり、命そのものです。
量にこだわる訳ではありませんが、たくさん欲しいのです。
繰り返して言いますが、PVなどがほしいわけではありません!
承認欲求のためでもありません!
只々はてブがほしいだけなんです。
ブログなど読まなくとも構いません。
ブコメも付けなくて構いません。
あなたとわたしのために、あなたとわたしの未来の為にはてブがほしいんです。
良い返事、待っています。