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はてなブログを毎日書いていたら10Kg痩せました!

pero_peroのこじんてきなにっきです。毎日書きたいです。

じっちゃんが歌人だった

はてなブログで短歌が流行る勢いである。

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今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて という短歌に感じる情念 - ネットの海の渚にて

短歌がおもしろくなるルールは31文字を守るだけ - nerumae

ので便乗ブロガーとしてここは便乗しよう!

 

実は祖父は木村達夫という名も無きサラリーマン(?)だったのだが、ほそぼそと短歌を嗜んでいた。
日記のように事あるごとに短歌を書き綴っており、死後膨大な量の短歌が出てきた。
うちの父親兄弟は今でこそソコソコまともな生活を送っているけれども、子供の頃はだいぶ貧しい暮らしをしていたらしい。
そんな貧しい中、自分たちを育て上げてくれた祖父の証をなにか残したいと思ったのだろう、父親ら3人の兄弟はその膨大な短歌を1冊の小冊子にまとめることにした。

 

兄二人は資金面でのサポート、うちの父親はまあ貧乏だったが印刷所でデザイナーをしていたので編集を担当するという役回りだった。
父親は時間がある時に、祖父が雑誌に投稿した歌や原稿用紙に書き散らかした歌を集め、時代別に並べ替え、よりわけをしていった。
僕は全然短歌に興味はなかったのだが、父親の作業場に重ねられている短歌集などをパラパラめくったりしていた。
それなりに面白い短歌もあったけれど、やっぱり自分の祖父の書いたものが一番身近に感じられて僕は好きだった。

 

やがて半年ほどして「達夫じいちゃんのうた」という自費出版が出来上がった。
父親兄弟は葬式のリストを引っ張りだして、また祖父の年賀状などをひっくり返してリストを作り、祖父の歌友達などにその歌集を送ったりしていた。
僕も2~3冊その小冊子をもらった。(結局大量に余ったのだ)
父親の編集の合間に相当読み込んだおかげで、見慣れた歌ばかりであったが、一冊の本になると、祖父の一生がおぼろげながら浮き上がってくる。

 

もうすっかり昔のことだけれど、やっぱり今でも覚えている歌もある。

「長男が ポマードつけて 髪の型 正月の座に にぎわひをなす」
これはまだ戦前の歌。
もうすっかり禿げ上がっている一番上の叔父が初めてポマードを付けた歌で、この頃はそこそこ生活にも余裕があったらしい。
故郷に帰って赤貝が旨かった歌や、正月のぜいたくにポケット用サントリーを買ってねぶるように飲んでいる歌などがあり面白い。

 

「布団綿 背負てゆきがし 夕食の 馬鈴薯下げて 妻帰り来ぬ」
一転、戦争が終わった後、貧しい歌が続く。
4畳半に6人ぐらしをしていたという歌もあり今となるとちょっと想像もつかない。
しかし貧乏な自分たちを客観視したどことなくユーモラスな歌が多い。
妻と姑の小競り合いなども歌になっていたりして、家庭の事情も垣間見えて面白い。

 

「不思議を食べて生きているようなもんだなぁ この世に生きるということは」
祖父は戦後しばらくは定形の歌を詠んでいたのだが、ある時期から不定形の歌ばかり詠むようになってくる。
不定形の歌は意味不明な歌が多く、祖父の頭のなかを覗きこんだような気がして僕はなかなか好きだった。


「野菜が少ない、野菜をもっと食べよう」というどうしようもないつぶやきのような歌やら、祖母の介護をしている時に「女の着物が着せられない どうしても帯が結べない この長い紐め」という怒りとも苛立ちともとれる歌があったり、テレビで紛糾する人々へ向かって「そんなに苛立つな、みこしを担ぐ女性の太腿が美しいではないか」という歌があったり、祖父は日常の喜怒哀楽をそのまま原稿用紙に落としていたのだろう。
僕はその歌集を読むたびに活き活きとした祖父の姿をそこに思い描くことが出来た。

 

あるわけ無いよなと思いながら、どこかに昔の歌を集めている人がいるかググってみたら、昭和万葉集に載っている歌をwebにUPしている人がいて、そこに祖父の歌が3首ほどあった。
ネット上で祖父が詠んだ歌を見ることが出来るのはなんだか不思議な気分である。

昭和萬葉集(巻四)(150)(昭和十二年〜十四年の作品 ) Ⅲ(81) - 日々の気持ちを短歌に - Yahoo!ブログ

昭和萬葉集(巻四)(518)(昭和十二年〜十四年の作品) Ⅱ(29) - 日々の気持ちを短歌に - Yahoo!ブログ

 

祖父の歌で僕が一番好きな歌がある。
祖父が一番最後に発表した歌で、祖父のユーモラスで茶目っ気たっぷりな性格が一番良く出ていると思う。
実は父親もこの歌が好きなようで、となると実は祖父もこの歌が結構好きだったのではないだろうか。
歌としてはあまりお上品な歌ではない。
しかしこの歌を見るたびにやっぱり僕は祖父の孫なんだろうなぁとヒシヒシおもうわけである。

 

「どちらを向いても 畠の真ん中で勢い良く小便をする 人は来ない」