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はてなブログを毎日書いていたら10Kg痩せました!

pero_peroのこじんてきなにっきです。毎日書きたいです。

正月早々風邪で鼻をやられて嗅覚と美味しさについて考えることになった

あけましておめでとうございます。
今年一発目のブログですが今年は何回ブログを書くことが出来るのでしょうか…。

 

さて、正月の3日あたりから風邪をひいてしまいました。
話はいきなり脱線するのだけれども、最近風邪が消化器系から来るようになりまして。
喉や鼻が痛くなる1日前に、食道や胃の辺りに不快感が出るようになって、もう3回位同じことが続いているので、僕の風邪は消化器からのようです。
で、今回は鼻がだいぶやられまして、特に金曜日あたりは最高潮に悪くて鼻水がエンドレスで滴り続けました。
こういう時、鼻水の材料はよく追いつくものだと感心します。
そんな感じで、この週末は殆ど嗅覚のない生活を送っていました。

 

嗅覚が無いとご飯がまずくなる、って言うじゃないですか。
個人的にあれはそこまで正しくないと思いました。
嗅覚が無くなると、味の最上部を彩っている香りが無くなるわけですが、塩味、甘味、旨味、コク、まろやかさ、食感などはきちんと味わうことが出来るわけで、正直これだけだとまずくなりようがないんです。
この要素だけだと「不味い=味が無いor味がこすぎる」ということなので、味さえきちんとついていればまあ食べられる。
旨い不味いの判定を下しようがないんです。
つまり、メシマズの多くの原因は香りどうしの衝突や香りと味との衝突によって起こっているのではないかという仮設が経ちました。
もちろん塩味甘味旨味だけの世界を「美味しい」と表現できるかというとそこは疑問が出てきますが。

 

で、不思議と香りが無くなると料理ごとの味や食感の微妙な違いを味わうことが出来て、個人的にはなかなか楽しめる数日間でした。
カレーの匂いが無いバージョンも食べましたが、あれはあれでなかなか美味しかった。
ドレッシングは味の違いのあるものを比べてみたところ、味のベースはほとんど変わらないということに気が付きました。
逆に食欲をそそる要素が無いので、食べ過ぎたりついつい食べてしまうという事もなく、嗅覚抑制ダイエットと言うものを構築できそうです。

 

嗅覚が無くて困ったのは、腐ったものが判定できなそうということと、自分が発する匂いが分からないということです。
靴下が廊下に落ちていて匂いを嗅いでみましたが、履いたのか未使用なのかわかりませんでした。洗うしかありません。

 

そんな感じの年始でしたが、徐々に嗅覚も戻ってきました。
今年は食べすぎずに10kg痩せたいと思います。
今年もよろしくお願いいたします。