10年以上かけてやっとこさ覚えた言葉がある。
「ウエス」である。
知らない人もいるかもしれないが、ウエスとは機械などの掃除用に使われるボロ布の事で、使い捨ての雑巾みたいな物だ。
まあこんな言葉覚えていなくても人生に何の支障もきたさないのだが。
さいしょにウエスという言葉を聞いたのは集成材を作る木工所でバイトしてた時だった。
木工所ではバンドソーという大きなのこぎり(こんなのね)で丸太を縦に切る作業を手伝っていたのだけど、木くずを掃除したり、作業台を拭くのにウエスが大活躍していた。
そこで「ウエスとって」というような言葉を聞いてウエスの意味を知ったのが最初だ。
とはいえ、頻繁にウエスを取ってもらうとか取ってあげるとかのやりとりがあるわけでもなく、その3~4ヶ月のバイト期間でウエスという言葉を聞いたのは1~2回位だったのではないか。
それ以降ウエスという言葉を聞かなければ僕はこの言葉を一生思い出さずに過ごしていたのだと思う。
僕が最初に就職したのが動画のプロダクションで、そこでウエスを使う事はおろか、そんな言葉を使う機会は全くと言ってなかった。
ある日、別のプロダクションにお手伝いに出向する機会があり、そのプロダクションの部長さんとやらと一緒に撮影に出かけた。
あちこち撮影して、いざ帰ろうとすると車の荷台が砂で汚れていた。
その時部長さんが叫んだのである。
「おい、ここ汚れてるぞ!ウエス!!」
その瞬間ウエスというものすごく聞きなれない、しかし懐かしい響きが頭のなかでグワングワンと鳴り響いた。
「あっあーーーーーー!ウエスウエス!ウエスウエス!そういえばウエスとかいう言葉あったわ―ーーーー!!僕その言葉知ってるわ―ーーー!」
僕はついにウエスと感動の再開を果たしたのである。
しかし、ウエスと僕の仲はそんなに簡単に進展しなかった。
ウエスという言葉を使う機会は日常で全くと言っていいほどない。
おまけにウエスという言葉を覚えておきたいという程の興味関心も無い。
お陰ですぐにウエスという言葉を忘れてしまうのである。
しかし矛盾するようだが、頭の何処かにはウエスという言葉を気にかけている自分がいて、思い出したいのに思い出せない、切ない気持ちでいっぱいになるのである。
たとえば年末に窓を拭き掃除している。
ご存知のように、ガラスは水拭きした端から乾拭きしてかないと水の跡が残ってしまうことが多い。
そんな時ふと、
「ああ、こんな時にウエスがあったらいいのにな」
と思うのだけど、当然ウエスは出てこない。
「ああ、こんな時に…あの…使いすてていい布…なんだっけ?スキフ?スナフ?あれっ…また出てこない…なんだっけ…」
と窓の拭き方とかそっちのけで考えこんでしまう。
またガソリンスタンドでガソリンのついでにタイヤの空気圧を測ってもらう。
空気圧を測ってくれたついでに汚れたタイヤをウエスでちょっとこすって綺麗にしてくれるのを見ながら
「そうそう、これこれ…なんだっけ?雑巾なんだけど、使い捨てなんだよな、これ。スキフ…じゃないんだよ、それは解ってる。…」
と、店員さんに感謝の気持そっちのけでウエスの名前を追い求めているのである。
ウエスという言葉自体は非常にシンプルで、覚えにくいという意味が自分でもよくわからない。
でもこういう言葉は他にもいくつかあって、どれも
- 短くて単純な言葉
- 使う機会・聞く機会が極端に少ない
- 覚えたいというモチベーションが無い
という条件があてはまっているように思う。
他の人にもこういう言葉がいくつかあるのではないだろうか。
さて、そんなウエスだが、このエントリを見てもらっても解るように無事10年以上の年月をかけて覚えることが出来た。
ある日、この言葉をパッと思い出せることに気がついた時にはなんとも言えない満足感でいっぱいになったのをよく覚えている。
その日は小声でウエス、ウエスとなんどもこっそり唱えたりしていたので、そんなものを聞かれたらかなり怪しい人だったのではないだろうか。
しかし実際この言葉を覚えてから今まで1回も使ったことはない。
おそらくこれからも使う機会は無いだろう。
せめて覚えたことの証としてブログに記しておこうと思った次第である。